ヤマハASTへの道

 発端は目新しさだったかも知れません。 スペックのためのスペックだったかも知れません。
 オーディオブームも充実期に入ったと思える頃、 ちょっと変わったアンプが発表されました。 トリオ(現ケンウッド)の「Σ-drive」と呼ばれるそのアンプは スピーカの端子にそれぞれ2本ずつの線を繋ぎ、 アンプ側にはスピーカ1本あたり4つの出力端子を持っていました。 この結線の形がΣの文字に似ているのでこの名がついたものと思われます。
 スピーカ端子からNFBを返す事によりスピーカの端子で 波形を保証しようとしたこの回路方式は ダンピングファクタが1500もあり、まさに桁違いでした。 これに前後してFIDELIXから同様の発想による A級BTLアンプが発表されており、 こちらに至ってはタンピングファクタは2万ありました。
 Σ-driveはその魅力的な発想と圧倒的なスペックから結構ヒットし、 少し遅れる格好で東芝からも「CleanDrive」が発表されました。 電流PFBを使いケーブルの抵抗分を打ち消すためのセンス線を コールド側に設けた3線式です。
 これらのアンプは桁違いにいい音がしたかと言うと そうでもなかったようです。 その理由は当時まだ学生だった僕の目から見ても明らかでした。 それはそれまで大流行的に追求されてきた「アンプの速さ」の真実でもあったのですが、 残念ながら現在も「定説」の地位を得るには至っていません。 そのへんの話は別の話題なれば、またいずれ。
 これらのMFBもどきは配線の影響を消す技術として登場し、 配線の影響は消せないという当然の結論を残して市場から消えていきました。

 そんな中、ヤマハB−4が登場していました。 それまでB−IからB−3まで ジャンクション型パワーFET「SIT」を使ってきましたが 低価格帯まで製品ラインナップを充実させるため初のバイポーラ。 統合アンプCAシリーズのA/B級切り換えを復活させた 新シリーズ最高級機A−9のセパレート版として コントロールアンプC−4と共に発売されました。
 A−9やB−4にはA/B級切り換えの他に 「Roコントローラ」という機能が備えられており、 出力インピーダンスを1Ω〜−1Ωの範囲で連続可変できました。 これにより配線の抵抗分をキャンセルしようというもので、 CleanDrive同様電流PFBを使っていましたが任意制御であり 音質劣化の元であるセンス線の引き回しもないため ちょっと楽しいギミックでした。 残念ながらそれを楽しむにはちょっと知識や理解が必要だったため 殆ど当たらず1世代のみのイロモノで終わってしまいましたが。
 これの新製品発表の時、 ヤマハが一般ユーザ対象に催したシンポジウムに参加しました。 その席で僕はヤマハの方にこう言いました。
 「ヴォイスコイルの抵抗分までキャンセルできたらもっと面白いのに」
 これが数年後AST(Active Servo Technology)という形で 製品化された時はちょっと嬉しかったものでした。 最初はアンプとスピーカが別体で、スピーカシステムも全域用でしたが、 超伝導等価は低域のみで中域以上は普通のアンプ・スピーカになる設定でした。 その後超伝導等価の部分だけを積極的に使うパワードウーファシステムが発売されます。 システム増強用のパワードウーファはそれより数年前にヤマハNS−W1、 オンキョーSL−10などで一時話題になりましたが、 その時はちょっとした話題で終わっています。 しかしこのASTウーファは オーディオ用スピーカの低音観を変えるだけの衝撃がありましたし、 AV時代になって新たな低音需要もあり、ヒット商品になりました。
 小型で低音のよく出るASTはシャープによってラジカセやTVに使われましたが、 あまり長続きはせず、ヤマハオリジナルの技術として商標もYST (Yamaha active Servo Technology)に変えて現在に至ります。 AST応用の全域用スピーカも楽器組み込み用やPC用として残っていますが アンプ/スピーカ別体はなくなったようですね。
 AST方式のウーファはそれまでの鈍重なスーパーウーファとは 根本的に異なる「速い」低音であったため、 古くからのオーディオファンの中にはこの音を異端として嫌う人が少なくありません。 僕も理屈的にはオーソドックスな方法でこそ 良質な低音を出すべきという点は賛成なのですが、 出ている音という事ではASTの低音は「良質」だと思いますし、 そのクオリティを得るのに要求されるコストが違い過ぎます。 僕はASTウーファを愛用していますし、人にも薦めています。 特にPC用スピーカは小型のものの需要が多いので、 低音は慢性的に不足がちですから、ASTウーファの付加は卓効です。

 残念ながらヤマハのASTは「アドバンスドYST」になってしまいました。 「残念ながら」というのは、このところヤマハは 何が音のためによいのかを正しく判断する能力が決定的に欠如しているため、 新しい事をすると何かしら問題があるのです。 オーディオEXPOで「どこが改良されたんですか?」 という簡単な質問にも答えられないような「改良」で 音がよくなったとはとても信じられません。 ヤマハASTの歴史もSW500で終わりかと思うととても残念です。

執筆 2000年9月

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